これまたたいした話じゃないですけど。
モンハンWiiを買って、自分の部屋にゲーム機を置いてしまいました。仕事部屋なのでテレビとゲームは置かないようにしようと思ったのに。

居間に置いてあるWiiは、もう長らく使っていませんでした。
携帯ゲーム機が普及して、どこでも遊べて、やめたくなったら蓋を閉めるだけでスリープ、蓋を開ければその場から再始動できるのが当たり前になって、据え置きゲーム機を起動するのがすごくおっくうになりました。
テレビを付けて、チャンネルを合わせて、ディスクを入れて、ぼわーんぼわーんて音を聞いて、メニューからゲームを選んで起動して、メーカーのロゴだの何だのを山ほど見て、やっとタイトル画面。コンティニューを選んでセーブデータを選択して…………。やめるときはセーブして、本体切ってテレビを切って………面倒だなあ。
でも、仕事場置いたWiiは、テレビのスイッチもWiiのスイッチも仕事机から手が届くところにあって、テレビはチューナーが無くてWiiしか繋がっていないので電源以外のスイッチに触ることもないし、Wiiもモンハン以外やる気はないのでディスクの入れ替えもなく、そうすると据え置き機もそんなに面倒ではないです。
で、思ったのですが、今後据え置きゲーム機が生き残るには、高性能化とかカジュアルユーザーの獲得とかそういう事ではなく、まずユーザーに『面倒だな』という障壁を越えて電源を入れてもらう事だと思うのです。当たり前ですが。
そのために何が必要かというと、まずゲーム機に標準で、テレビとかHDDレコーダーとかも操作できる学習リモコンを付けることなんじゃないかと思うのです。
テレビを見よう、とそのリモコンでテレビの電源を入れると、裏で連動してゲーム機も起動していて、ファンも回らないくらいの省電力モードでひっそりと起動していて、最後に電源を切った状態までゲームを再生して、消費電力を極限まで落とした状態でひっそり待機している。
テレビをつけている間のいつでも、『ゲームでもするか』と思った瞬間、待ち時間ゼロで最後に電源を切ったときの状態からすっと再開できる。
できる事ならディスクはやめて全部ネット配信にしてHDDに買ったゲームが全部入っていて、いつでも起動できる。リモコンに8個くらいユーザーボタンがあって、家族の誰でも自分のボタンを押せば、自分が最後に遊んだ状態の続きからすぐ再生できる、くらいになってほしいです。
ものぐさだなあ、と言われそうですが、ゲームって結局暇つぶしだから、『あ、いま暇つぶししたい』という衝動が脳裏をよぎったその瞬間、一番低い労力で手が届くもので暇つぶししてしまうのです。ゲーム機の性能が上がって、ゲームが複雑になったり、画面の密度が上がって、体験の質が上がったぶん、それをやるためにはエネルギーが必要なので、暇つぶししたいと思った時『面倒』だと一瞬でも思われたらもうそれは選択肢から消えるのです。
例えば、指をパチンと鳴らしただけで、そこそこの味の適当な弁当が0.1秒で目の前に現れ、食べ終わってまたパチンとやれば一瞬で食べ終わった食器を片付けてくれる、という魔法のようなサービスがあったとしたら、あっという間にあらゆる外食サービスの頂点に立てるはずです。『うちのレストランの方が豪華だ』とか『うちの定食屋の方がメニューが多い』とか、そんな事とは関係なく、大多数の人が多分、週に何回かはついついパチンとやってしまうはずです。
それがいい事だとは全然思わないですが、でも人間というのはそういうものです。
現実問題として、iPhoneは指をパチンと鳴らす……まではいきませんが、他のゲーム機よりも圧倒的にに少ない手間でゲームを買うことができます。そしてカートリッジを入れ替える手間無しに大量のゲームを持ち歩き、一瞬で切り替えて遊ぶことができます。結果として、app storeはオープンから9ヶ月で10億本のアプリを販売しました。
据え置きゲーム機がテレビで再生されるものである限り、最低限テレビを見るのと同じ手間でゲームが起動し、チャンネルを変えるのと同じ手間で複数のゲームを切り替えられる事は必須なのではないかと思います。
まあ、メモリの少ないコンシューマ機でプレイ中のゲームをポーズかけるみたいにその場で保存、再生するのは難しそうですが、そういう事が当たり前にならないとダメなのではないかと。
そんなわけで、たとえば将来、PS3、xbox360、Wiiのどれが生き残るか、と聞かれたら、『ゲームしようかな』と思った瞬間からゲームで遊んでいる状態まで、一番短い時間で、一番少ない手間で到達できる機械が生き残ると思う、と答えます。ポーズを解除するのと同じ感覚でいつでもゲームを再開させられるような仕組みが作れたら、そのプラットフォームの勝ちだと思います。
数年前にはそんな事はなかったけど、今はもう、我々は自分の頭の切り替えの速度や、細切れの余暇に瞬間的に追従できない道具に苛立ちを感じるようになってきているのではないか、という気がします。
昔だったら、ゲームをしたいと思っても細切れの余暇では何もできず、ゲームをしたいという欲求は蓄積されて『面倒だ』という障壁を越えて据え置き機を起動するレベルに達していましたが、今は細切れの余暇に携帯やiPhoneやDSiやPSPを起動して欲求が満たされてしまうので、それに匹敵するくらい素早く簡単に遊べるようにしない限り据え置き機に未来はないです。ただでさえテレビの前に座らなければならないというハンデがあるのに。ぼえ〜んぼえ〜んいいながらメーカーロゴなんて表示してる場合じゃないですよ。
Intelの次世代ネットブックOSは2秒で起動するそうです。分かってますね。
テーマ :
ゲームジャンル :
ゲーム