考えようによってはものすごくくだらない疑問なのですが、子供の頃から時々考えてはよく分からなくなっているちょっとした疑問があります。それは
『この世界は何によって演繹されているのだろう?』
という事です。
例えば、僕がボールを投げると、ボールは放物線を描いて飛び、やがて地面に落ちます。それは、(空気抵抗とかいろいろ面倒な計算はあるものの)数式で示す事ができるし、演繹可能です(つきつめるとある物の位置と運動エネルギーを両方確定させる事はできないらしいですが、それはちょっと脇に置いて)。
つまり、この世界で起こっているあらゆる現象は、基本的に、ある物理法則に従って演算処理されているのではないか、と考える事ができます。
で、そう考えた時、その演算を行っているものは何か?という事です。
もし、この宇宙のどこかに物理演算を行う何かがあり、それが物理現象を発生させていると考えると、その演算装置は、自分自身の内部構造自体を物理演算する必要があり、無限ループに陥って破綻してしまいます。
ある演算装置が自分自身を演算するためには最低でも自身の100%超の演算コストが必要だからです。要するに、演算が終わらないのです。自分の襟首を掴んで自分自身を持ち上げる事ができないのと同じです。
では、この世界は何によって演繹されているのでしょう。
ひとつの考え方は、よくあるSFの設定みたいですが、我々の空間とは違う系に属する、上位階層のようなものがあって、演算装置はそこにあり、我々のいる物理空間自体が、その上位階層の演算装置内部の演算空間そのものである、というものです。
例えるなら、僕がMacでセカンドライフを起動した時、セカンドライフ内から見ると僕のMacが存在するこの空間が上位階層に相当するみたいに、僕と僕のMacが存在するこの物理空間自体を演算する超Macがさらに上位階層にあって、僕も僕のMacもこの宇宙もその超Mac上の物理シミュレーター内の存在なのではないか、という事です。
これは、基本的に意味がない考え方です。じゃあその上位階層の物理演算は誰がやってるんだ?という問いに答えられないからです。でも、我々の空間が何か人工的な演算装置の内部空間かもしれないという疑問は残ります。
もうひとつの考え方は、物理法則に演算が必要だ、という仮定自体が間違っている、という考え方です。
物理現象に法則があり、演算によってその物理現象を説明できる、という考え方自体が、そう考えないと人間にはそれが理解できない、説明できない、という事に過ぎないのであって、本当は物理現象には何の演算も必要ではなく、ただ起きるのだ、と考えればとりあえず疑問は消えます。まあ、普通はそう考えますよね。リンゴが木から落ちる時、それは重力によって落ちたのだとは考えても、その落下の計算は誰がしたのか?と考える人はいません。誰も計算しなくても重力は存在するしリンゴは落ちます。それが世界のルールだ、というのが物理の前提だからです。
しかし、それはどうも疑問にフタをしているだけに感じられて、腑に落ちないのです。上の考え方は、その裏に、どうしても演算コストゼロ、演算速度無限大の演算装置を仮定してしまっているように思えます。そうではなく、物理現象はただ起きるのだ、と考えるべきなのかもしれないのですが、それは説明不能、もしくは我々の系の上にもうひとつ上の階層を仮定して演算はそこで起きている、といっている事と同じな気がします。
あるいは、我々の物理空間は、物理空間全体がひとつの演算装置で、エントロピーの増大という形で演算コストを支払いながら演算を行っているのかもしれません。この空間のどこかに演算装置があるのではなく、僕もあなたも演算装置の一部で、時間軸の中を進んでいく事でこの宇宙全体が一個の演算装置として演算を押し進めているのかもしれません。
これは、なんとなくぼんやりと筋が通っているように思える(学がないのでうまく説明できないけど)のですが見方を変えると、やはり我々は巨大な演算装置の内部因子なのだ、と言う事になってしまう気がします。
それならそれで別に構わないのですが、やはりひとつ疑問が残るのは、結局我々のいるこの物理空間は独立して存在する『ただそう在るもの』なのか、それとも上位階層にある演算装置の内部演算空間に過ぎないのか、と言う事です。
テレビゲームとか地球シミュレーターを見るまでもなく、我々は演算装置を作り、仮想の物理演算空間を作れるのだから、物理空間は入れ子構造になっていて、今いるこの現実(だと思っているもの)が何かの物理演算空間の内部だという可能性はゼロではないはずです。
仮にそうだとすると我々のいるこの物理空間は最上位階層なのか、それても下位のどこかに過ぎないのでしょうか?
そこで最初の疑問に立ち返るわけですが
『この世界は何によって演繹されているのだろう?』
です。僕らがいるこの物理空間を見渡して、その法則の中に、我々の空間が最上層であるという証拠、もしくは最上層ではないという証拠があるでしょうか?
閉鎖された系のエントロピーは常に増大する、という熱力学の第二法則は、この世界が演繹される時に発生する演算コストをエントロピーの増大によって支払っているために起きる現象である、と仮定します。
もし僕が閉鎖された系が入れ子状になっている世界を設計しろと言われたら、上位と下位の閉鎖系の間で何かが漏れてしまわないように、下位の系から上位の系が観察できない構造にします。そして、下位の系にいくほど、その空間の総演算コストが低くなるように設定します。
そんな風に考えた時、最上層の系と下層の系を分ける一番重要な要素は、不確定性の有無なのではないかと思います。不確定性というのは、ある系に属する観察者は、観察によってある物体の位置と運動エネルギーの両方を確定させる事ができない、と言う事です。
つまり、下位の系はそこに属する演算装置ではその系の物理現象の正確な解を出せないような構造を持っているはずだ、と言う事です。そうでないと、自分が所属する系の物質の状態を観察してゆく事によって上位階層の演算装置の『シッポ』が見えてしまうからです。
我々がいるこの物理空間の不確定性は、この空間を演繹している上位の系の存在を示唆しているのでしょうか?あるいはねただそういう法則があってなぜそうなのかは説明不能、としかいえないのでしょうか?
我々の空間において、エネルギーに最小単位があったり、粒子に分割不可能な最小の構造があったりするのは、我々の系が、何かの下層構造になっていて、かなり限定された演算コストで演繹されている事を示唆しているのでしょうか?それとも単にそういう構造になっていて、その説明はできない、としかいえないのでしょうか?
まあ、根拠のない仮定に仮定を積み重ねたような話で、物理をきちんと学んだ人から見たら、ちゃんと勉強してないやつが考えそうな事、と笑われてしまいそうなんですが、時々こんな事を考えたりしています。
実際の所、例えば我々がいるこの空間が何かの演算装置の内部ではない、と断言できる証拠というのは存在するのでしょうか?
あるいは、我々の宇宙がどうしてこのようなパラメータで設計されたのか、理由は解明されているのでしょうか?あ、これは人間原理が答えなのかな?人間原理というのは、強いやつも弱いやつも、どこか後付けで、面白いけど説得性を感じないんですよね。
なんか長々と漠然とした話をしてしまってすみません。
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